
向羽黒山城まつりシンポジウム 盛大に開催される!
お知らせ
来る5/18(日)向羽黒山城まつりシンポジウムが、じげんホールで盛大に開催されました。
日本城郭協会理事長、小和田 哲男氏をお迎えし、テーマ『蘆名盛氏の向羽黒山城築城』について講演をしていただきました。
パネルディスカッションでは『東の関ケ原と向羽黒山城』をテーマに、会津美里町観光大使でもある石田明夫氏がコーディネーターを務め、引き続き、小和田氏をはじめ、人気歴史系YouTuber非株式会社 いつかやる様、やまがた愛の武将隊からは上杉家重臣の直江兼続様が登壇し、戦国ロマンに思いを馳せました。
小和田先生による、蘆名氏の盛衰から始まり、会津地方の地勢からみる向羽黒山城の重要性、蘆名盛氏や上杉景勝の戦略性、関ケ原前の時代背景など、深い洞察から発せられるストーリーに一同引き込まれました。
人気歴史系YouTuber非株式会社いつかやるの副社長、ぴろすけ氏による向羽黒山城の実際の堅牢さの解説。
その後、講師全員によるパネルディスカッションは、それぞれの得意の知見からさまざまな角度から向羽黒山城にスポットが浴びせられました。
実際には戦場にならなかった向羽黒山城ですが、もしあの天下分け目の時代に、大大名たちによる関ケ原並みの激突が、この会津の地でおきた可能性もあったかもしれない。
「わしは、こう思う、こう思うのじゃ」と切々と言葉を繋げる、直江兼続様を通して、戦国の世にタイムスリップをした感に襲われたのは私だけでしょうか?
今のようにスマホもネットも発達していなかった時代、生き残るという選択肢を選び取るということの困難さに愕然とします。
あの時期、もし、1ヶ月、石田三成の挙兵が遅かったならば、徳川勢は直江兼続が策謀をめぐらした会津に引き込まれていたかもしれない。
その防衛の最前線、要は間違いなく向羽黒山城になっていただろうという壮大なif.
そこにロマンを感じずにはいられません。
シンポジウムの様子は、一般社団法人会津美里町観光協会のインスタグラムでご覧ください。